安曇野移住体験談

移住体験談

安曇野に住んで得た宝(横田耕太郎さん 埼玉県から移住) 
なろう、ひとつずつに(鈴木達也さん 埼玉県から移住)
つながりのなかで生きる(米山竜也さん 愛知県から移住)
移住された方に質問してみました(前半)
移住された方に質問してみました(後半)
移住体験談は随時更新予定です。

・安曇野に暮らして”見えたモノ” 移住者へのアドバイス

 

安曇野との出会い

安曇野との出会いは大学1年の時。旅が好きで全国各地で美しい風景を目にしていましたが、初めて降り立った穂高駅のホームから見た雄大な北アルプスと美しい田園風景は、それまでに味わったことのない新鮮な感動でした。この時の体験がその後の人生の大きなターニングポイントになったと感じています。1995年に転職して信州へ移住。そのご結婚、長女の誕生を経て2002年に独立開業しました。

安曇野が選ばれる理由

これまで多くの移住者のお手伝いをしてきましたが、移住者が求めているのは、都会的な利便性を享受しつつ豊かな自然の中で暮らす「田舎“的”暮らし」です。景観の美しさだけでなく、生活の利便性や雪の少ない気候、移住者が多い地域が好まれているのです。これらの条件を満たしている安曇野は、田舎暮らしがブームになるずっと前から、多くの移住者の人気を集めているのです。

”見えないモノ”の大切さ

移住者が求める「田舎“的”暮らし」は、観光客が旅先に求めるイメージに近いかもしれません。しかし、移住とは「暮らし」であり、旅先を選ぶように「いいとこどり」はできません。目の前に「見えるモノ」だけでなく、その背景にある「見えないモノ」をしっかり見る眼力が求められます。安曇野は、江戸時代の旧村を単位とする83の「区」の集合体です。安曇野の「区」は任意の自治組織ですが、お祭りや公民館活動、防犯防災といった暮らしのインフラとして今でも重要な役割を担っています。安曇野の美しい景観と豊かな暮らしを享受するには、移住者も地域コミュニティの一員として、一定の責任を果たす義務があるのです。

新たなふるさとづくりへの取り組み

安曇野市が誕生した翌年に仲間と立ち上げたのがNPO法人安曇野ふるさとづくり応援団(以下NPO)。安曇野でも数少ない、地域住民と移住者が一体となって活動しているNPOです。NPOの主な活動は、移住支援と地域再発見。移住支援の柱は、2009年から開催している「安曇野暮らしセミナー」。2013年に安曇野市、2016年に安曇野暮らし支援協議会が主催となり、NPOが全面的に協力して定期的に実施しています。地域再発見の柱は、9年間で23回開催した「ふるさとウォッチング」。「区」単位で地域を歩き、“ぬかくど”で炊いたおにぎりを食べ、地域の人と交流を深める・・・、安曇野の「見えないモノ」を知るきっかけづくりのイベントです。2014年には「ふるさとさんぽ」、2015年には「さとやまさんぽ」も加わり、年間10回程度のガイドウォークを開催しています。

安曇野暮らしに必要なモノ

NPOの活動を通して感じるのは、安曇野の奥深さと移住者と地域住民の交流の大切さ。多くの移住者が暮らしている安曇野でも地域住民との間に見えない壁が存在していますが、お互いの協力なしに地域の課題を解決するのが難しくなっているのも事実です。移住者だからこそ「見えるモノ」、地域住民にしか「見えないモノ」があり、だからこそお互いを尊重し協力して次代に引継いでいく責任があるのだと思います。「見えないモノ」の大切さは、安曇野で暮らし、NPO等の活動に参加することで初めて実感できたものです。「見えるモノ」はテレビやネットでも入手することができますが、「見えないモノ」は人を介してしか知ることができません。もし安曇野への移住を本気で考えているのなら、「見えないモノ」を見る知性と感性、異なるモノを認め合う柔軟性は欠かせません。それこそが自然と共に生きる安曇野暮らしの必需品であり、それによってのみ新たな時代の安曇野の扉を開くことができるのですから・・・。

NPO法人ふるさとづくり応援団
事務局長 宮崎 崇徳


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